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PostHeaderIcon 『汝、主なる神のもとに、たちかえるべし。』

<「合唱王国・福島」☆母校のひび割れた壁から覗いている青空☆その5>

高校時代、合唱部で宗教曲「預言者エレミアの哀歌」を追究していたころのはなしのつづき・・・

25年前、日本で「カウンターテノール」があまり知られていない頃、その「カウンターテノール」を配置した男声合唱団が、母校の男子校にはありました。

コンクールの審査をされた専門家でも、その存在がよくわからないことがあったらしく、厳しい評価をくだされたこともあったようです。

私が合唱団に所属していたころは、ちょうど、演奏団体として充実していた時期にあたり、イギリスから古楽の専門家を招いてレッスンを受けたりする機会もありました。

その度に、決まってされる問いかけがありました。

「あなたがたは、なぜ、宗教音楽を歌うのですか。」
というものです。別な専門家からも、同様な問いかけがなされました。

「キリスト教徒でないのに、そういわれても・・・」
「きれいだから・・・」
等々、仲間内で話題になるときがありましたが、ピッチやパフォーマンス等、技術面での追究をしていた我々には、あまりピンとこない問いかけでした。

芸術表現の自由性や、芸術受容の多様性からすれば、そう目くじらをたてる問題でないかもしれませんが、当時、日本のトップクラスの合唱団のアプローチの姿としては、不十分なものが、やはり、あったのではないかと思い返します。

信仰があたりまえの国際社会の感覚からすると、極東の小さな国の、田舎の高校で、「不信仰な人間に対する神の救済」をテーマとした宗教曲が、異教徒もしくは、その意味するところをしらない人々によって、毎日、練習され、コンクールの自由曲とされていることについて、違和感をおぼえるのは当然だと思います。